「掌中の珠(しょうちゅうのたま)」は手のひらの上の宝玉を意味し、
転じて最も大切にしているもの、たとえば最愛の子供や配偶者をたとえる言葉です。

魏・西晋の政治家であり学者でもあった傅玄(ふげん:217年~278年)に『短歌行』という詩があります。
この中に、
昔君視我,如掌中珠(かつてあなたは、掌の中の真珠のように私を大切にしてくれた)
何意一朝、棄我溝渠(なぜ、たった一日で、溝に捨ててしまったのか?)
という句があり、大切にしていた人を失った嘆きが詠まれています。
全文はこちら。
長安高城,層樓亭亭。
干雲四起,上貫天庭。
蜉蝣何整,行如軍征。
蟋蟀何感,中夜哀鳴。
蜉蝣嬉樂,粲粲其榮。
寤寐念之,誰知我情。
昔君視我,如掌中珠。
何意一朝,棄我溝渠。
昔君與我,如影如形,
何意一去,心如流星。
昔君與我,兩心相結。
何意今日,忽然兩別。
干雲四起,上貫天庭。
蜉蝣何整,行如軍征。
蟋蟀何感,中夜哀鳴。
蜉蝣嬉樂,粲粲其榮。
寤寐念之,誰知我情。
昔君視我,如掌中珠。
何意一朝,棄我溝渠。
昔君與我,如影如形,
何意一去,心如流星。
昔君與我,兩心相結。
何意今日,忽然兩別。
全訳はこちら。
長安の高い城壁は高く聳え立ち、幾重にも重なる建物は天に届く。
カゲロウは整然と、まるで軍勢の軍勢のように行進する。
コオロギは悲しげに、真夜中に悲しげに鳴く。蟻は喜びを奪い、
その栄光はまばゆいばかりだ。私は蟻が目覚め、眠る姿を思い浮かべるが、私の心を知る者はいるだろうか?
かつてあなたは、掌の中の真珠のように私を大切にしてくれた。
なぜ、たった一日で、溝に捨ててしまったのか?
かつて、あなたと私は影と影のように、
なぜ、一瞬にして、私の心は流れ星のように去ってしまったのか?
かつて、あなたと私は結ばれ、心は絡み合っていた。なぜ、今日、私たちは突然別れてしまうのか?
「たまてまり」は、この「掌中の珠」を象徴的に具現化するものとして制作しました。
代大第実用新案登録第3247920号 商標登録第6977320号